癌治療も、ときに病気の状態よりつらい思いをします。病気でいるときより、積極的に治療しているときの方がが苦しい、検査もつらい、ということが多々ありまして、治るためには、一層の体力がいる。体力が無くなっている病中に、回復したいから治療するのに、一刻、病気のときより苦しくなるわけです。
看護している家族は、そういう病気になってしまうまで何もしなかった、病気になったことが悪い、と責められている様な気がすることもしばしばです。私たち自身、家族の病気で経験したのは、検査、検査、手術、という流れに無理矢理、病人をはめこみ、それに耐えうる体力や個人の意志が二の次になったことです。
さて、最近経験例で、手術のために入院してから退院まで、医療機関側は、サプリ的なものは中止、というのが通常だということ。入院期間はだんだん短くなってきていて、槐耳療法中の私どもの患者様は、槐耳(カイジ)中止期間がだいたい2-3日程度です。長くて2週間、平均1週間程度。
ここで、槐耳に限らず、個人選択としてサプリ利用している患者様が多いようです。私は無理しなくても、退院したらでいいのでは?って言いますが、基本的には個人選択にまかせています。事前に、紹介状に槐耳療法の意義と効用につき詳しく主治医に伝えるのはもちろんです。
ここで、槐耳療法の意義をおさらいしていましょう。何故飲んでいるか、論理的に考えてみると、
1.癌細胞の破壊
2.破壊後の死細胞ゴミの排出
3.肝臓における癌の元、ストレス蓄積物質の排除
4.使用薬剤の解毒(肝臓)と排出(腎臓)。大抵の薬も、使用後代謝・排出が必要です。
5.従って、肝臓と腎臓は、機能維持と促進のための槐耳効能は必要
5.血行循環促進
6.消化管機能の維持促進(便秘予防)
7.免疫能の賦活
8.術後修復のための正常細胞産生
また、併用して利用をお奨めしているポリペプチド・アミノ酸サプリのサカナのちから(弊社取り扱い)は、
1.肝臓における蛋白合成機能の促進、体力回復促進
2.栄養補給(必須アミノ酸で合成できないもの)
3.免疫賦活(免疫力も蛋白質で構成されますから)
4.創傷治癒の促進、部材提供
5.手術に伴う筋肉量・筋力低下の回復
内視鏡下手術でも、麻酔薬の使用、挿入により障害される器官壁の損傷は仕方ないことで、その障害からの再生促進、摘出部位の修復、使用薬剤の解毒と排出、これらの実質部材とエネルギー供給は必要になります。これに必要なものを自力で補給できるようになるまでは、サプリは実効的な手伝いとなる場合も往々にしてあります。
もちろん、精神的な安心感の補助という役割もあり、効力のみならず、安心材料としての力になることもあります。
上記作用を考慮すると、入院する前に補給しておくことの重要性は論理的に納得できます。しかも、これから麻酔薬や、いろいろな化学合成物質を体内注入するときに、解毒・排出作用が伴わなければ、回復が遅くなる。精神的不安による治療効果の減少を軽んじることもできません。
治療に対し、余計なものを入れたくないという気持ち(これは科学じゃなくて、気持ち)はわかります。だから、1週間や2週間は、中止していてかまわない、と私は患者様に伝えます。
しかし、上記の科学に基づき、手術や入院地の処置を考慮すると、やめたくないという患者様の気持ちも理解できます。これが、槐耳に限らず、入院加療中もサプリは中止しないという多くの患者様のご意志と感じます。
ここで重要なのが、槐耳もサカナのちからも一切の毒性、副作用がないということ。他の薬剤の効果ともバッシングしません。この点がはっきりしているのであれば、証明済みであれば、医院側も特に問題視しないと思います。
病気の内容と体力の状態、これから行う検査や手術の侵襲内容とそれに対する必要な防御内容を考え、あとは可能で妥当な対処を行う、ということに尽きますね。あとは、個々人にて考えることです。
入院期間が短くて、手術に使った薬剤などの、早期解毒ができることが第一義で、あとは、患者様ご自身で判断されることではないでしょうか。
手術に向かって、それに耐えうる身体を作っておくこと(先に紹介した安藤先生の整体療法(スタイリッシュアカデミー;安藤道彦先生、ホームページ:https://kendoukai-tokyo.jp)なども併用推奨します)、退院後にリハビリに耐えうる身体になること、これが肝心です。
看護されているご家族、周囲の方々は、どうか、患者様の年齢や、これまでの経緯から、どうせ・・・と思い、考えることを諦めませんように。今は何が最も役立つか、治療の助けになるか、何が良いだろう、と考えるご自分を放棄されませんように。あとは何でも医者のやること、と思いたい部分、否定しませんが、医者ができる部分は本当の専門技術の部分のみ、治ろうとする意志と努力は患者本人の意志。決して、槐耳や栄養補給について言いたいのではなく、何かしろ、するな、に対し、
自分は何を求めているか
を常にお忘れ無いように、ということを強調したく思います。
まず、名医を受診するのは、求めることにまずまっすぐ正しい方法を選ぶということです。でも、治るのは患者個人です。その意志を、看護はその支援であるというスタンスを、決してお忘れ無く。患者を囚人にしないこと。ただでも、病気の囚人になっているのですから。
病人とともに添っていくということの難しさ、看護というものの意味するところの深さ、看護・介護されるご家族は、いずれ自分も行く道と捉え、患者様に良く学んでみてください。そうすると、看護も楽しく、嬉しく、病中の患者様との時間がさらに実り多きものとすることができます。
大変ですけれど、がんばってください。